てっぺん移住

利尻漁業協同組合所属
漁師 山口光司さん(仮名・44歳)

神奈川県横浜市出身。漁業就業支援フェアの参加をきっかけに、利尻漁業協同組合の漁業研修生となる。研修期間を終え、2008年にコンブ・ウニ漁などで生計を立てる漁師となった。現在、独身。

理想の漁師修行は利尻に


漁師を志したのは、39歳の時だ。実際に漁師をやってみると、自分の価値観や性格に合っていた。若い頃から、釣りが好きだった。おのずと舟にも興味を持ち、4級小型船舶操縦士の免許を取得した。やはり、海が好きなのだ。

神奈川県横浜市出身で、現在の漁師生活とは無縁の都会育ち。「利尻に来て、まず驚いたのは、寒さ。これは堪えましたね。着ているものも、暖房機も、関東と違って初めは困りました」と当時の生活のギャップを語る。

大学卒業後は大手商社に就職。10年間の会社員生活を経て、「好き」が高じて釣り具の製造・販売会社を設立し、10年間経営した。「好き」は高まり続け、本気で漁師による自活を考えた。ネットなどで調べながら漁師就業の道筋をつけていき、2007年6月に東京で開催された漁業就業支援フェアへの参加に至った。漁船の乗組員や体験漁業の研修生を募るなどしていた。

下調べをしていて、ウニやコンブで有名な利尻島の漁に興味を持っていた。後継者不足で積極的に新規就業者を受け入れていることもあり、利尻富士町役場から磯舟が無償提供される。これで事前資金に悩まずに、漁師修行に力を入れられる。新規漁業就業者には嬉しい制度だ。北海道ブースの担当者の話を聞いて期待を膨らませながら、体験漁業研修の参加を申し込んだ。

稚内からフェリーに乗って、2007年7月、初めて利尻島に来た。早速、指導役の親方の元でコンブ干しなどの作業を住み込みで一ヶ月間程行い、漁師生活を実感。漁師としてやっていく決心がついた。これからは親方に独り立ちを認めてもらうまで、本格的な修行が続く。運よく空き部屋のあった町営住宅に住まいを移し、漁師道を一から学ぶ毎日が始まった。マニュアルなどない、習うより、慣れろの世界。親方や先輩から必死になって技術を盗んだ。

厳しさと優しさの島

研修から5年。今は漁協の組合員になり、漁業権を得ている。天然コンブ漁やウニ漁で稼ぎを上げながら、網元のもとで養殖コンブ業の作業をして賃金を得る生活をこなしている。

漁師生活の中で、厳しさの中に人々の人情が息づいているのを感じた。「ヨーイ、スタートでみんな一斉に海に出て、決められた時間の中で、コンブを獲る。技術だけでなく、経験や運も必要。良いときも悪い時もある」。厳しい競争の一方で「困っている人がいたら、みんな集まってきて助けてくれる。自分もひとりで作業しているからとてもありがたい」。自然な助け合いの空気が、島の中に浸透していた。

教訓も得た。稼ぎは自分次第、ライバルも多いので無理をしがちだが、そこを抑えるのが大切なのだという。「海に落ちて命を落とす人もいる。前に仕事に熱中しすぎて、(舟のへりに身体を倒したままなので負荷がかかって)肋骨を骨折しました。競争心を抑えて無理をしないことが大切かな」と語るその言葉は、漁師生活の現実を伝えている。

都会育ちの漁師は、この5年間の離島生活をこう締めくくった。「離島のイメージでありがちなスローライフに期待してはいけないと思います。島の人たちは、働き者が多いですよ。朝早くから仕事を始めて、夕方まで働く。ゆったりした生活を求めていたら、ここではやっていけません」。大都会と離島のギャップは住んでみて、改めてわかること。厳しい自然を相手にして生きてきたからこそ、言える言葉だった。


◇漁師就業を目指す方のために、宗谷総合振興局では、利尻島・礼文島の漁業体験研修を毎年開催しています。
 詳細は下記WEBをご覧ください。

◇漁業就業支援に関するサイト