てっぺん移住

利尻・島ガイドセンター
西島徹さん(43歳)

福岡県出身。全国各地を旅した後、利尻島の自然に惚れ込み2004年に利尻町に移住。利尻・島ガイドセンターを設立して、利尻島の魅力を伝える島ガイドとして現在活躍している。妻、長男の3人家族。

旅人が行き着いた居場所


美しい姿が富士山に例えられる利尻山が象徴の小さな島が利尻島だ。四季の移り変わりで色鮮やかな様相を映し出すこの島の自然に人々は魅了されるのだが、福岡から移住した西島さんもその一人であった。

福岡県福岡市の出身で、地元の大学を卒業後、会社勤めのため上京した。当時から仕事よりも旅行がライフワーク。旅程を立てるために会社に休日を申請して、上司に呆れられるほどの“旅人”である。休日には日本全国どこへでも出かけた。憧れだった北海道に滞在することが多く、中でも利尻島の自然景観には心を打たれたという。利尻山の優美な姿に魅了され、「雪化粧の利尻山も見てみたいと、次は冬に来ようと決めていました」。

“旅行好き”と“旅人”が違うのは、西島さんを見れば明らかだ。約9年間勤めた会社を退職してからは、各地を自転車やバイクで移動しながら、旅をする日々。宿泊は主にテントという生活を3年近く続けた。

利尻島にはこれまで何度も訪れていたが、2003年の夏、6度目の訪問で転機が訪れる。「人生を変えるキーマンに出会えたことがいちばん大きかったですね」と定住のきっかけを振り返った。いつものようにキャンプ生活をして過ごし、地元住民との交流の中で転機は訪れた。屋根のない生活を見かねて、部屋を貸してくれると地元住民から申し出があったのだ。雪が降る前に別の場所に移動しようと考えていたが、家具家電付きの部屋の生活は居心地が良く、ついにそのまま居着いてしまった。その後、翌年の春に利尻町に住民票を移した。34歳の時である。長い旅は終着となった。

ガイドの仕事に就くのも出会いがきっかけだった。隣の礼文島で、はやくから自然ガイドとして活動していた方と交流していた縁で、仕事の仕方を教えてもらった。自分が惚れた利尻を多くの人に知ってもらいたい。その思いで利尻島のガイドになろうと奮闘した。

旅の終わり。そして定住

西島さんが活動の拠点とする「利尻・島ガイドセンター」では様々な切り口から利尻の魅力を伝えるプログラムで旅行者を楽しませている。利尻島の自然を満喫できるトレッキングやバードウォッチング、島の文化や歴史を解説しながら街をまわるタウンガイド、白銀の雪原を歩くスノーシュートレッキングと多彩だ。今後は若年層の観光客増大にと、ホームページの充実などインターネットを活用してPRしたいと意気込んでいる。「少し寒くなると空気が澄んでくるので、利尻のきれいな星を観察するスターウォッチングも広めていきたい」と新しいプランも。利尻島を余すところなく紹介したいという情熱は、島の新しい魅力の掘り起こしに一役買っている。

観光シーズンの活躍とは裏腹にオフシーズンには、ガイドの収入が大幅に減ってしまうのも現実。臨時で調査の仕事を手伝い、時には新聞社の通信員や利尻空港などでアルバイトをして収入を確保している。

プライベートでは、仕事で利尻島に来ていた今の妻と出会い、結婚。長男も生まれ、和やかな家庭を築いている。慣れてきた島の生活だが、移住当時は交通の不便さには苦労した。特に島外への用事にかかる多大な交通費や冬期に増加するフェリーの欠航など移動にかかる時間には悩まされたという。また、ようやく島にも大型の店舗が出来て買物がしやすくなって便利になってきたが、時には都会でしか鑑賞できないコンサートなどに行きたいと心を動かされるよう。「結局、どっちをとるかなんですよね。心が豊かになれる自然をとるか、都会の便利さをとるか」と語るも、その表情からは屈託は窺えない。

旅の中でつかんだ新しい人生だった。偶然にも利尻島に居着き、運良くガイドの仕事をしていると、西島さんは言う。しかし、今、この島で定住している理由は、旅人だった自分を受け止めてくれた利尻を愛し、住民との交流の中でそれを育み、心のどこかで島にずっといたいと願ったからに違いない。


◇利尻・島ガイドセンターHP

http://www.rishiri-shimaguide.jp/index.html