てっぺん移住

中頓別町職員
三浦毅さん(33歳)

※三浦毅さんと幸子夫人
札幌出身。大学卒業後、東京でIT関連の会社に勤務。2012年春、インターネットで中頓別の地域おこし協力隊の募集を見て応募。中頓別鍾乳洞ガイドの選考試験を通って、2012年8月、妻・幸子さん(福島県出身)とともに移住。2015年中頓別町の職員に。現在、幸子さんと二人暮らし。

30歳を機に自然ガイドの仕事にチャレンジ

高校を卒業後、北海道を離れて神奈川の大学に進学してから、10年が過ぎ、「自分はこのまま都会で生きて行くのだろうか。いつか田舎で暮らしたい」―漠然とした思いを抱きながら2~3年が経っていた。そんなときインターネットで中頓別の「地域おこし協力隊員」の募集を目にした。中頓別の鍾乳洞自然ふれあい公園などで活動するガイドの仕事だ。

自然ガイドの仕事はしたいと思って探してはいたが、専門的な知識が必要な場合が多く、素人にチャンスが巡ってくることはないだろうと思っていた。これだ!と思った。このままずるずる都会にいるより、30歳を機にこの仕事に挑戦してみよう!これが最後のチャンスかもしれない…すぐに履歴書を送り、書類選考、面接ののち採用になった。中頓別は知っていた。子供のころ、父親と猿払にイトウを釣りに行った時、いつも通った町だ。

2012年7月末の暑い日にふたりは中頓別にやってきた。当初はピンネシリ岳が目の前に見える町中から離れたところに住んだ。初めて見たピンネシリ岳は深い緑に包まれていた。自然いっぱいの中で暮らすのが希望だったという幸子さんは「今までとは違う生活を、これからここでしていくんだなぁ」と感慨深かったことと、深緑のピンネシリ岳が目に焼き付いている。

趣味が増え、休日は暇じゃないけど楽しい



都会に住んでいたときとの違いはプライベートの時間が増えたこと。満員電車で通勤に片道1時間かかる生活から、今は片道たったの1分程度。体力的にも気持ちの上でも楽になった。自由に使える時間は増えたけれど「次は何をしようかと考えながら動いているので、暇じゃないけど楽しいです」。休日は結構忙しく過ごしているのだ。

先日は釣りが趣味の毅さんと一緒に幸子さんも湖に釣りに行った。「氷を割って釣り糸を垂れるという経験は新鮮でした。夫が釣ってきた魚をさばけるようになりたいと思い、出刃包丁も買いました。自分で釣ってきたものは命のありがたみを何倍も感じます」。スーパーで買う食材とは違うものを前に「料理も頑張ります」と目を輝かせる。

毅さんは「走友会」という町内のマラソンサークルに入って毎朝町の中を走るようになった。また、チシマザサを使って竹細工に挑戦したり、中頓別のきれいな景色に触発されて一眼レフカメラを買い写真も趣味に加わった。幸子さんはママさんバレーボールのチームに加入し仲間を作り、夏には農園の手伝いに誘われ農作業の体験もした。ふたりは趣味を広げながら町の人たちの中に溶け込んでいっている。

以前に住んでいた神奈川では「お受験」が活発で、幸子さんは「もし子供ができたら違った環境で育てたい」と思っていた。だから「子どもが生まれる前に安心して子供を育てられるところに引っ越しておきたいという思いはありました」。中頓別は空気がきれいで、自由に遊べる自然がたくさんある。周りの人たちも見守ってくれる。子供を育てていく環境としては最適だ。心配事が一つ減った。

移住してみると不便さを感じるより、家賃にしろ食費にしろ、都会での生活とは比べ物にならないくらい出費は少ない。無駄な出費がない分快適な生活を楽しめるという。

ふたりはいう…移住を決断するまでは自分たちで勝手に「無理だ!」と壁を作っていたと思う。本当は田舎で暮らしたいが、いざとなると踏み切れない。経済的にどうなのか、仕事についたとしてもそれを続けていけるか、このまま今の仕事を続けていた方がいいのではないか。でも一度しかない人生、同じ日本の中なのだから、ほんのちょっとの勇気をもって吹っ切れば、次に足を踏み入れることができる…毅さんは「勢い」で、幸子さんは「ノリ」でその壁を破った。