てっぺん移住

枝幸町観光協会 事務局長
藤塚晃一さん(44歳)

札幌市出身。大手航空会社系列の商事会社で空港の売店事業に従事。国内の空港から空港へと転勤を繰り返すうち、生まれ育った北海道に帰りたいとの思いが募り、偶然目にした新聞記事に促されて枝幸町観光協会の事務局長に応募。採用され、2010年4月、徳島県徳島市から枝幸町に移住した。現在、妻と二人暮らし。

豊かな食と素朴な人々が魅力


国内大手航空会社系列の商事会社に就職し、最初は釧路に赴任。そこから青森、羽田、徳島と徐々に北海道から遠ざかって行った。「いつか生まれ育った北海道に戻りたい」。漠然としたその思いはいつも心の片隅にあった。そんなある日、帰省していた時に偶然新聞記事で枝幸町観光協会の呼びかけを目にする。観光に関わる仕事なら、今までのキャリアを生かせるのではないか。空港を訪れる観光客と直接接してきた自分なら、観光というキーワードで共通の部分は多い。「新しい仕事にチャレンジしよう!北海道に帰れる」。そうして、並み居る多くの応募者を尻目に事務局長の職を得、2010年4月、着任した。

海もあるし山もある自然豊かな町。オホーツク海に面した町の、季節の移り変わりに北海道を実感した。「北海道はやっぱり食べ物がおいしいですね。毛ガニやホタテは枝幸産のものを、ふんだんに食べることができるし、キノコや山菜も豊富です。歌登でとれる山ワサビは、初めて食べてその香りと味に感動しました」。

枝幸の人は口数は少ないが素朴であったかい。「釣りはこちらに来てから始めた」というが、行きつけの居酒屋で知り合った友人が釣りの先生だ。時間のある時は、歩いて行ける近くの港で釣り糸を垂れる。枝幸港は、活気があって磯の香りがして好きな場所だ。

実は枝幸は父親のふるさと。中学生のころまでは祖父母が住んでいたので何度か訪れている。それでも流氷を見たのは移住してきてから。「流氷のすごさには驚きました」。接岸したら海からの風が肌を刺すように冷たく、一気に体感温度が下がることも初めて体験した。

観光で町を知ってもらいたい

「観光客に町の魅力を伝え、一つでも発見して帰ってもらいたい」と思いを語る。カニまつりのような全国規模のイベントから町内の小さなイベントまで、広く情報発信して、多くの観光客を呼び込むことが第一だが、どれだけ経済効果があったか、そして観光客にどれだけ満足を与えられたか、課題はたくさんある。イベントの評価は世代、職業、立場などによって分かれるし、成功かどうかを判断するのに時間がかかる。売り上げの数字で評価される前職の営業と違い、数字だけでは測れない難しさが観光にはある。「観光で町を知ってもらいたい」という町の人の期待をひしひしと感じ、その期待に応えていきたいと考える日々。「町の役に立つ仕事をさせていただけて、そういう立場にいられることの幸せ」を実感しているという。

群馬県出身の妻はもともとアクティブな明るい性格だが、枝幸に来てさらに活動的になった。サークル活動をしたり、おいしいものを見つけてきたり、買い物に行った店で珍しい魚の調理法を聞いてきたり、以前の生活では見ることのできなかった面を改めて発見したという。「妻の積極的で前向きなところに助けられています。移住は家族がお互いにサポートしサポートされることが大事です」と妻の理解に感謝しながら、「転勤生活だと腰を据えてできなかったことが、今はじっくり考えて一つずつ取り組めることがうれしい」と、公私ともに充実した日々を過ごしている。


◇枝幸町観光協会ホームページ

http://esashi-kankou.com/